| 英語 | ダニ-デン | 小樽市 | 作成者について | FAQ |
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| はじめに | マオリ族 | 黄金時代 |
| 生活様式 | アクティビティー | 自然保護観察旅行 |
| スポーツ | 遺産 | 社会的歴史 |
| 観光旅行 | 年間行事 | 主産業 |
| 教育 | 観光産業 | 保健医療産業 |
| 農業 | エンジニアリング | 日本との関係 |
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スコットランドの遺産をもつ学園都市であるダニーデン市は、豊富な文化、すばらしい建築物そして世界的に知られる野生生物保護という、独特な組み合わせをもった町です。ダニーデンは、ニュージーランド南島の南東沿岸に位置し、人口はおよそ12万人です。さらに、壮大な景色として知られるオタゴ地方の中心的な町でもあります。ダニーデンのすばらしい自然の美しさ ―― 自然の長い港の先端で、丘と谷を覆った豊かな低木 ―― が、四世紀以上も前にマオリの開拓者たちの心をこの地へと引きつけました。 |
| マオリの探検家たちは、西暦1100年頃から、ダニーデンの北と南の湾にやって来ました。彼らは沿岸の海で魚を釣り、そしてアヒル、淡水魚そして飛べない巨鳥モアを求めて、内陸へと入っていきました。さらに彼らは北部の人々と、高価なグリーンストーンやポウナム(POUNAMU)の取引を始めました。最も古い民族はワイタハ(WAITAHA)であるといわれています。1848年にスコットランドの移民がオテポイ(OTEPOI)に到着するまでに、彼らは、マオリの歴史で満ちた今のダニーデンの地を発見していました。1820年代頃から、強くそして冒険好きな捕鯨船員たちが、多様性を生み出す要素をその地にもたらし、さらに彼らは、その土地にいたオタコウマオリと異民族間結婚を行いました。したがって、キャプテン・カーギルとリバーエンド・トーマス・バーンズがフリーチャーチを建てる以前に、この土地の民族間の関係は彼らによって成立していました。マオリ、捕鯨員たちそして長老教会派スコットランド人による文化的な混合が、ダニーデン自体がもつ個性をもたらしたのです。 |
| 1861年、120キロ内陸のオタゴ中部で金が発見され、それによってダニーデンの小さな地がニュージーランドの富の中心地となりました。そびえ立つ大聖堂の尖塔、壮大なフラマン形式の鉄道駅、立派な銀行とオフィス街、19世紀の城、歴史的な大学の建物、そして近代ゴシックの修道院などは、この街の建築的遺産です。スコットランドの影響は、ファースト教会やノックス教会といったすばらしい教会を後世に残しましたが、さらに発展途上のこの街に、教育に関する強い熱意を含めた、多くの貢献を行いました。近くの金鉱から生み出された富は、オタゴ男子高校、オタゴ大学(ニュージーランドで最初の大学)そしてオタゴ女子高校を設立する助けとなりました。ダニーデンのアートギャラリーと博物館は、国内でも最高の収蔵物を誇っています。 |
| ダニーデンを訪れる人々は、いつもあたたかい歓迎を受け、とてもユニークな生活を経験するチャンスを得ることができます。恐らく、これはダニーデンを美しく取り巻く'緑'のせいではないでしょうか。商業地域のちょうど北をうねるように進むクイーンズドライブは、ゆっくりと散歩やドライブをするのにはもってこいの場所です。この街でどんなことをしても、ここでは皆ゆったりとした平穏な気持ちを感じることができるでしょう。 | ![]() |
| ダニーデンに梅雨はなく、年間を通じて平均的に雨が降ります。冬になると時折霜がおりますが、雪はめったに降りません。夏になると、気温は摂氏30度前後まで上がることもあります。 |
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ロイヤルアルバトロスの素晴らしい景観、イエローアイペンギン、ニュージーランドオットセイ、様々な海洋動物、そして信じられないほど多くの羊達を簡単に見ることができます。また、150以上の遊歩道がダニーデンを取り囲んでおり、素朴なビーチから緑に覆われた丘、そして深い原生林から荒涼とした丘からの眺めまで、多くの素晴らしい景観が街から数分のところで楽しむことができます。ダニーデンのツツジは世界的に有名で、春になると、街は炎のような色でつつまれます。毎年8月の末に行われるツツジ週間のあいだには、特にそのツツジが注目されます。 |
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ダニーデンの海岸では、サーフィンが人気のある遊びです。セントクレアはニュージーランドでもサーフィンをするのには最高のところで、商業の中心部からも数分のところにあります。オリンピック規模のモアナプールは、素晴らしいゴルフコースと同様、市民にもよく利用される所です。オタゴ半島とオタゴ湾では、ウインドサーフィンから、鮭釣り、ヨット、バードウオッチング、ウォーキングその他いろいろなことができます
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| ラーナック城、オルべストン、オタゴ大学、ダニーデン鉄道駅、市会議所、セントポール大聖堂、ファースト・チャーチほか、様々な歴史的建造物が、この街に堂々とした風采と、非常にヨーロッパ的な雰囲気をかもし出しています。 |
| ダニーデン市立アートギャラリー、オタゴ博物館、オタゴ開拓者博物館、ダニーデン植物園、グレンファロック,オタコク原住民館などがあります |
| 歴史的鉄道の旅、オタゴ湾クルーズ、バスツアー、ミニバスツアー、飛行機チャーターツアーなど。 |
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教育は、ダニーデンでも最大の産業で、5000人を超える雇用があります。そのほとんどの人が、国際的にも知られるオタゴ大学で働いており、地域経済に年間およそ3億ドル(NZ$)を直接寄与しています。さらに、街で暮らす2万人の学生のほとんどが地方からの学生であり、彼らも地域経済に貢献しています。 |
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観光業はこの街のもうひとつの主要産業です。観光業は、年間都市総生産額14億ドルのうち、1億3500万ドル(NZ$)を占めています。 |
| ダニーデンでは保健医療産業も盛んです。3000以上の職業があり、大学の医学部とともに国の研究のほとんどを行っています。 |
| 農業はこの地域における伝統的な産業であり、現在でも地域経済に1億3500万ドルの貢献を行っています。この産業は農業研究を専門とする、インバーメイ研究所の支援を受けています。将来はこの地域の長所を結びつけた、林業・木材部門やマルチメディア・情報技術産業に、大きな成長が見込まれます。 | ![]() |
| エンジニアリングに関しては、'金属組み立て'部門が特に盛んで、2000以上の職を地域に供給しています。 |
| ライオン醸造所(日本のキリンビールが所有する)は、有名な'スぺイツ'の醸造をダニーデンで行っています。日本が所有するANZCO食品有限会社は、食肉加工工場を運営しています。ダニーデンにあるかなりの企業が、日本と長い間しっかりとした貿易関係を確立させています。 |

| 小樽について | はじめに | 歴史 |
| 気候 | 活動 | 芸術・文化 |
| スポーツ | 文化遺産 | 社会的なできごと |
| 青少年教育文化事業 | 産業 | 観光産業 |
| 商業 | 農業 | 国際観光産業 |
| 漁業 | 港 | 観光案内所 |
| 小樽市は日本海の石狩湾に面して位置している。小樽市は19世紀後半に近代的な都市として発展した。天然の良港に恵まれて、函館と並んで重要な港となっている。 以前は「オタルナイ」(アイヌ語で「砂のなかの川」の意)と呼ばれていたが、その後、「小樽」(漢字で「小さな樽」)と呼ばれるようになった。明治時代(1860年代後半から1920年代頃)には日本海側の主要港として、その運河を中心として隆盛を極めた。この小樽運河は今日に至っても小樽のシンボルとなっている。小樽市博物館などに使われている煉瓦や石造りの倉庫群が運河の両岸に並んでいる。明治後期から昭和初期にかけて、小樽は商業の中心として栄えた。今日では港湾とならんで、観光がますます小樽市の経済に重要性を増している。 | ![]() |
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小樽市は北海道の西海岸に位置し、港と数多くの自然の利点に恵まれています。市内には美しい歴史的建造物があることでも知られ、小樽運河やたくさんのガラス工芸品店が並ぶ地区は、ロマンティックな散策を楽しむのに理想的です。毎年多くの観光客が小樽市を訪れ、観光は市の重要な収入源となっています。
小樽市の人口は約15万5千人で、道都札幌市から快速電車で30分の距離にあります。気候は四季の変化に富み、冬は雪が降りますが、夏は温暖で良い天気が続きます。 小樽市は商業港として古くから発展してきました。 |
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小樽市は、北海道の商工業、金融、そして交通の重要な拠点としての役割を担う港町として発展し、1995年には、開市130周年を祝いました。
かつて、小樽近辺の海岸地方は豊富なニシンの漁場として知られ、小樽は地域経済の中心として繁栄しました。現在、ニシン漁にちなんだ建物が観光客に人気となっている一方で、この130年間、小樽の先人たちが築き上げてきた貴重な歴史と文化遺産も数多くあります。 小樽では、歴史ある港町と海の自然の美しさがうまく調和し、独特の雰囲気を街に与えているのです。 |
| 海洋性気候のため、一年をとおして比較的温暖で過ごしやすく、小樽の自然環境を十分に活用して、近くの山々では春にはハイキング、冬にはスキーを楽しむことができ、秋の紅葉狩りも人気があります。また、夏には、海で泳ぐこともできます。 |
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| 小樽市は、青少年の自主性や社会性を伸ばすための教育事業を行っており、青年団体を積極的に支援したり、そのリーダーの養成にも努めています。 | ![]() |
| 小樽は芸術のまちとしても知られ、多くの著名な作家を輩出しており、市内の博物館や美術館において、今もなお彼らの作品の息吹にふれることができます |
| 小樽市は、あらゆる年代に、その能力にかかわらずスポーツ活動を奨励しています。スポーツ活動は一年をとおして行われ、その季節ごとに特別のプログラムが用意されています。小樽市はスポーツ施設を充実させ、全市民にできるだけ良いレクリエーション環境を提供するよう努めています。 | ![]() |
| ニシン御殿、青山別邸、手宮洞窟、小樽交通記念館など。 |
| ペテルスブルグ博物館、小樽オルゴール堂、北一ガラス、小樽市文学館など。 |
| 小樽市を巡る多くのツアーが利用できます。ツアーの情報は、観光案内所か、主要駅に到着時に手に入れることができます。市内には3カ所の観光案内所があり、英語・ロシア語が併記されたガイドブックや地図がもらえます。観光客のためのインターネット情報は現在準備中です。 |
| 起伏に満ちた地理条件のため、水田はわずかで、主に野菜や果樹の栽培が行われています。 |
| 1950年代まで日本海ではニシンが大量に収穫されていましたが、近年では,栽培漁業がきわめて重要となってきており、海の生態系を維持しながらの資源管理型漁業の発展に努めています。 |
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小樽港はこれまで、北海道の発展に重要な役割を果たしてきました。現在、小樽港は、本州の舞鶴、新潟、敦賀とを結ぶ3本のフェリー定期航路があります。 1997年には、アメリカ合衆国海軍空母「インディペンデンス号」の寄港地になったほか、年間の総積み荷量は計2,533万トンにもなりました。 |
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小樽市は、国際化や、世界の進歩に遅れをとらないよう現代化をすすめて、その産業基盤を促進し、地元事業を奨励することに努めています。その結果、市は、産業、教育、公企業部門などに新たな任務を与えています。 樽はまた、交通機関や情報通信網においても発展してきています。 |
| 小樽市は、街を代表するとともに、中心都市の雰囲気を併せ持った、ユニークで特色ある小売業を奨励しています。伝統的な市場の復活は、これからの展開に非常に重要と考えられています。 |
| 小樽は、その歴史的な運河や建造物、そして美味しい海の幸がある街として有名であるとともに、冬期間、市内のスキー場は、小樽や札幌のスキーヤー達にとても人気があります。これらの要素を持ってすれば、小樽の観光業界が景気づいていることはごく自然なことでしょう。1997年には、600万人以上の観光客が小樽市を訪れました。 | ![]() |
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小樽市は世界中から観光客を歓迎していますが、その大部分はロシアからのお客様です。毎年、およそ3万人のロシア人観光客が小樽を訪れ、その数は年々増加しています。ロシア人観光客の平均滞在日数は3,4日で、一人平均55万円(約8千ニュージーランドドル)を当地で消費しています。
その結果、小樽にはロシア人観光客専門の店が登場し、免税店も8件あるなど、観光業は、小樽の主要な収入源のひとつとなっています。 小樽の郵便局では、個別取り引きでは、日本で最も多く外貨の交換が行われているのです。 |
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